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看取りのための心構え 家族にできること、できないこと「看取り」のとき、家族が目指すべきゴールはどこにあるのか

2016年09月09日
看取りのための心構え 家族にできること、できないこと

「家族」と「看取り」

終末期の患者さんにとって、家族はかけがえのない存在です。

心を通わせる相手として、大切なものを遺す相手として、また生活の手助けをお願いする相手として、様々な要因から「家族の絆」はライフエンディングの時において強く意識されます。

たとえ元々の家族仲が良くなくとも、また何十年もの間疎遠になっていたとしても、ライフエンディングの時期には関係が修復されることも珍しくありません。「命の最期」を意識し人生の総決算を考えた時、「家族の価値」に改めて気づく。これは人間の本性なのかもしれません。

本稿では終末期の患者さんに対し「家族の立場からできること」について考えていきます。どんな心構えで、何を目指していけばよいのか、一緒に考えていきましょう。

 

家族がめざすべきゴールは何処か

終末期において家族が陥りがちな罠のひとつに「間違ったゴール設定」というものがあります。そう、介護のゴールを「完治」に設定してしまうのです。

老いを「治す」ことはできません。

通常の病気・入院なら、「治す」ことをゴールにすることはむしろ当然です。医師・看護師などの医療者もそれをゴールとして設定します。

しかし、終末期のゴールは「治す」ことではないのです。

認知症や老衰に「完治」は基本的に期待できません。また高齢になってから罹る大きな病気の多くでも「完治」は期待できないケースがほとんどです。若い頃と同等の健康を取り戻すのは稀なケースで、ほとんどの場合は治療が良好に進んでも症状を落ち着かせる「寛解」がせいいっぱいでしょう。

そういった中で「完治」をゴールにしてしまうと、家族はつらく苦しい思いを感じ続けることになってしまいます。病気が進行する中で無力感や悲しみを背負い続けるのは、患者さんにとっても家族にとってもあまりにつらい状態です。


それでは、終末期における「ゴール」はどこに設定するべきなのでしょうか。
ホスピスケアの専門医である長尾和宏氏は「治療ではなく、安らかに楽しく過ごす生活」こそがゴールであると著書の中で述べています※1

人生の有限さを受け入れ、これから先にある最期を受け入れる。その上で痛みや苦痛を取り去り、患者さん本来の生き方を全うする。そのお手伝いをするのが、支援者にできる最大限のケアである。これが長尾医師の考え方です。

「たとえ人生の99%が不幸であったとしても、最期の1%が幸せならば、その人の人生は幸せなものに変わる」とはマザーテレサの言葉ですが、終末期におけるサポートが目指しているものを端的に表していると思います。

患者さんが安らかに、人生の最期を自分らしく生きられること。これが家族にできる、最大限の、そして最良のサポートなのです。

 

家族にできること

前段で、看取りケアにおいて目指すべきゴールを

「患者さんが安らかに、人生の最期を自分らしく生きられること 」

と定義しました。

では、このゴールを達成するために、家族にできることは一体どんなことでしょう。

まず第一に挙げられるのは、医療面でのサポートです。

終末医療、看取りケアにおいては「患者の苦痛を取り去ること(≒緩和ケア) 」がまず何よりも重要視されます。病気の苦痛は文字通り苦しみを生み、苦しみは患者の人格を厭世的で無気力なものに変えてしまいます。そんな状況では「人生の最期を安らかに自分らしく生きる」ことはとても達成できません。

そこに家族の役割があります。もし患者さんが苦痛を抱えているようならば、身近にいる家族がそれをキャッチして、医療者に適切に伝えることが重要です。

特に高齢者の場合、緩和ケアに対する知識が浅く、上手に医療者に苦痛を訴えられない方が多くいらっしゃいます。そういった患者さんと医療者との橋渡しになることは、家族にできる大きなサポートのひとつです。


医療者・介護者との橋渡し以外の面では、コミュニケーション、特に傾聴と共感を伴った援助的なコミュニケーションが重要であると考えられています。

患者さんの苦しみに耳を傾ける、苦しみをキャッチし、様々な感情に共感する。励ましやアドバイスは不要です。ただそばにいて、話を聴く、共感することが重要なのです。

これは筆者の考えではなく、看取りケアに関わる多くの医療者・看護者が一貫して主張する方法論です。終末期においてはアドバイスや具体的な解決策よりも、ただそばにいて共感し、支えてあげることが大きな力になる。そういった現場における経験知が存在します。

これから看取りに備えるご家族の方が、この医療・介護現場の知見を知っておくことは大きな力になるかもしれません。

 

家族にはできないこと

前段では「看取りにおいて家族にできること」について考えました。

「できること」を知るのは重要なことです。しかし、時には「できないこと」を知ることがより重要になる場合も存在します。

終末期の現場では、援助者がどんなに努力しても患者さんの力になれないという場合が少なくありません。。医療や介護の力には限界があり、素人である家族ならなおさらです。

力になりたい、そう思いながら、どうしても十分には力になれない。そういった場面が、きっと多く出てくると思います。患者さんの希望を全て叶えてあげることは極めて困難です。

例えば体調面について。患者さんの希望を全て叶えるのは難しいでしょう。「あと○年生きたい」「もっと便通を良くしたい」など。医療者との橋渡しになることはできますが、全ての症状を消し去るのは家族にも医師にも不可能です。

また患者さんが感じる寂しさや心細さを完全に癒してあげることも難しいでしょう。終末期の患者さんには、夜眠れず家族や医療者にひんぱんに電話をかけてしまう方がたまにいらっしゃいます。そういった「寂しさ」を全て埋めてあげようとするのも無謀です。

そして最も難しい問題ですが、死生観や死後についての問いに答えることも困難でしょう。死の受容は本人にしかできない課題です。考え方を紹介したり、押し付けても、多くの場合はそれほど役に立ちません。

カウンセラー、臨床心理士、臨床宗教師などとの橋渡しになることはできるかもしれませんが、やはり「問題」や「不安」そのものを解決することはできません。


端的に言えば、家族にできることは医療・介護・行政などとの橋渡しと、傍にいて共感を持って接してあげることだけです。それ以上のことは、家族には何もできません。

しかし、それでよいのだと考えてください。
できる範囲でご家族を支えてあげてください。

患者さんが最期を迎えるとき、傍に家族がいて手を握ってくれる。多くのひとにとって、それは最大の救いであり、医療者や介護者にはできないことなのです。


以上、「看取りのための心構え  家族のできること、できないこと」でした。

如何だったでしょうか。

「できること」があまりに少ないと感じた方もいらっしゃるかもしれません。

しかし傍にいて共感を伴って見守ること、医療や介護の橋渡しになることは、家族に「しか」できないことでもあります。

ご自分の役割を過小評価しないでください。

そして、願わくばできる範囲でご家族を支えてあげてください。

他でもない家族にしか、できないことがあるのです。

用語タグ 看取り
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