医療・介護から看取りを支える人たちのインタビュー ”ひと”

インタビュー“ひと”
看取りに取り組むフロントランナーたち - Human Inteview -

在宅ケアの現場から「人間の尊厳」を考える ─「楓の風」インタビューvol.1

Profile

楓の風
野島 あけみ業界人

「楓の風」グループ副代表。 保健師 看護学修士 経営学修士(MBA)

訪問看護が目指す「ゴール」とは

人間の尊厳はどこにあるのか。特に、終末期を迎え自分自身だけでは自分の生活を成り立たせることが難しくなってしまった人間の尊厳を、どのように支えていけばよいのか。

 

24時間365日体制で在宅ホスピス・ケアを提供する訪問看護ステーション「楓の風」。すでに17カ所の拠点展開に至ったこのステーションの副代表 野島あけみさんには、そのような問題意識があるという。患者さんにとって、最も重要なものは何か。それは医療なのか、安心なのか、清潔なのか。

 

「家で看取れる社会の実現を目指す」と語る野島さんに話を聞いた。

 

訪問看護の役割とは

編集部
「楓の風」は「在宅での看取り」というところに強く価値を置いていると感じます。このような想いはどこから生じているのでしょう。

 

野島氏
訪問看護の仕事を長くやっていると、「訪問看護とは何なのか、訪問看護の価値は何か」ということを深く考えるようになります。単なる清拭や注射といった医療措置のほかにも、訪問看護には様々な役割や意味があるはずだと思うのです。

 

例えば「ガイダンス」です。これは第一と言ってもいい重要な役割だと思います。これから先の日々をどうやってすごしていかれるのか、どのように生きていきたいのか。それを患者さんとのかかわりの中で模索し、答え探しのお手伝いをする。医療がわかり、先が読める訪問看護師だからこそ、病気の変化に合わせてどのように生きていきたいのかを引き出して実現していく役割を担えるのだと思います。

 

「あなたは『病人』として残りの日々を生きるのではなくて、病気はあるけれどもそれも含めて一人の人として、これから家でご自分の人生を生きていいのですよ」と、こういったメッセージを伝えていくこと。よく言う「その人らしさ」と言ってもいいのかもしれません。本当はこの言葉はあまり好きでないのですが…。

 

また、例えばガンの末期の方ですと、あっちの病院こっちの病院といろいろな先生に診てもらう方が多くいらっしゃいます。同じひとつのガンであるにも関わらず「最初に発見した経緯から腫瘍内科で見ていただいています」とか、「放射線を当てたので放射線科にも見てもらっています」とか、「痛みのコントロールは緩和ケアの医師に…」といったふうに、多くの医師との関わりを持たれることがよくあります。こうした状況になりますと、どうしたらそれらの医師や専門家を上手に使ったらいいのかわからない…といった状況になりがちです。そういった局面で、医療とどういうふうにつきあうのが適切か。つきあいながらどう生活するのか。各医療機関との橋渡し、それをサポートするのも訪問看護という仕事の一面だと思います。

 

なので、例えば注射をするとか、痛みを止めるとか、そこで終わってはだめなのです。訪問看護は痛みを止めて、「今日何ができるか、今日何をしたいか」ということを叶えていく。そのために、医療とのつきあい方を見定め、それを医師などに伝えていったり、様々な機関との調整役をしていったり、ということをしていかなければならない。これらも訪問看護の仕事だと思っています。

 

 

「快適さ」より先にあるもの。

 

編集部
「患者さんに対するガイダンス」、「各医療機関との橋渡し」。こういった看護師だからこそ適切に果たし得る事柄をサポートすることで、患者さんが在宅で快適に過ごせるよう努力するということでしょうか。すると、やはり現場の看護師が「とことん患者さんの生活の快適さを追求する」が、最も目指すべきゴールになってくるのでしょうか。

 

野島氏
少し違います。というのは、多くの患者さんは「誰かの自己犠牲的なかかわりによって自分の面倒を看てもらいたい」とは思っていないのです。訪問看護師が「一生懸命面倒を看る」ことが患者さんにとっての価値に結びついていないとしたら、いくら労力をかけてもなんのためかわからなくなります。

 

たとえば「私は(自分の)様々なものを犠牲にして、あなたの安心・安全を支えているのです」と言われた途端、その対象とされた人は自らの生きている価値が減ってしまうような感覚に陥ってしまう。こういうことを私はすごく感じているのです。なので、この後にも少しご説明しますが「現在の看護は、『寝食を忘れる』といったようなスタンスで取組むべき仕事なのではない」と私は考えています。

 

患者さんに患者さん自身の価値を感じてもらう。これはひとつのゴールかもしれません。

 

しかし、そうなるためには、「本人がやれることは本人がやる」とした方がいい。でも、そうなると効率は悪い。遅いわけだし、上手じゃないわけだし…。それに、「患者さん自身が自分の価値を感じ取る、自分を認められる」ということはすぐには体感できないことが多い。そういう場面で本当は本人がやれることであっても、医者や看護師がお金をもらってそれを行ってしまえば、早いし、まずは本人も快適です。なので、本人も家族もついつい「看護師さん、お願いします」ということになってしまう。

 

でも「なんのために在宅でのケアを選んだのか」と考えると、安易にこういった展開に流れることには疑問を感じます。なぜなら、それは結局医師や看護師に管理されてしまうことにつながりやすいからです。

 

本人がそのことを意識されているかどうかはわからないけれど、いったんそうなってしまえばどんどん「お願いします」「お任せします」ということになってしまいます。「みんな他人に任せて体中ピカピカである幸せ」と、「自分でできる範囲は自分で行うことでの体のピカピカは50パーセントでしかない幸せ」と、どちらがその人にとって幸せなのか…。人それぞれではありますが、そういったところを大事にしたい。

 

 

「尊厳」の在り処

 

編集部
在宅ケアを選んだ患者さんの幸福ということを考えていくと、自尊心だとか、自己効力感といったものが重要になってくるということでしょうか。

 

 

野島氏
そうですね、「ほんとうは自分のことは自分でやりたいし、できることなら人の世話にはならずに済む自分でいたい」これがほとんどの人の本音だと私は思います。そういうところに等身大の人間の尊厳があるのではないか。長くこの仕事を通して多くの利用者の方と関わる中で、私はこういう風に考えるようになりました。楓の風として大切にしている思いもそういうふうに変わっていきまして、手厚くする必要がない部分は必ずしも過剰に手厚くはしません。

 

私はずいぶん長くこの世界にいて様々な訪問看護師さんを見ております。そうしますと、寝食を忘れて働こうとする方の中には「人のため」と思い込んで働きつつも、実は本人も意識しないところで「自分の充足感のため」というところが見え隠れしている方もいらっしゃいます。

 

その結果、「燃え尽きてしまった」とか、「いつも働いていて、とてもじゃないが家庭が成り立たない」とかそういったことになっていく。

 

「寝食を忘れて…」式の看護は、利用者さんにとってどうなのかということだけではなく、看護師さん本人にとっても問題があるのだと思います。

 

勤めている事業所を辞めていく方の中には「(患者さんのために)もっとやってあげたいのに」という方もいれば、「自分にはまだまだ力が足りない」ということで辞めていく方もいます。10年以上ホスピスで働き、緩和ケアの認定看護師資格も取って、その上でもそういった思いで辞めていく方がいる。

 

「もっともっともっと、やってあげたい(やってあげた)」という思考自体が本当は適切ではないのではないか。そんな気がしているのです…。

 

(次回3月24日更新)

更新日:2017年03月10日


このインタビューを読んで良かったですか?
良かった 良かった

4

在宅ケアの現場から「人間の尊厳」を考える ─「楓の風」インタビューvol.1

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

在宅ケアの現場から「人間の尊厳」を考える ─「楓の風」インタビューvol.1

在宅ケアの現場から「人間の尊厳」を考える ─「楓の風」インタビューvol.1

この記事が気に入ったら
「いいね!」しよう

在宅ケアの現場から「人間の尊厳」を考える ─「楓の風」インタビューvol.1

大切なひとと考える『これからハンドブック』

pagetop