医療・介護から看取りを支える人たちのインタビュー ”ひと”

インタビュー“ひと”
看取りに取り組むフロントランナーたち - Human Inteview -

日本の「在宅ホスピス」を開拓してきた医師が語る、仏教界でも注目のスピリチュアルケアとは?

Profile

医療法人社団パリアン
川越 厚業界人

医療法人社団パリアン理事長 クリニック川越(東京都墨田区)院長

「在宅ホスピス」の草分け的存在

川越氏は、がん治療の専門医として第一線で活躍中に自身もがんに罹った経験をもつ。そこで、在宅医療の重要性を痛感。まだ「在宅ホスピス」という言葉がなかった時代から四半世紀以上、2000人以上のがん末期患者を患者の家で看取ってきた。

 

「在宅ホスピス」の草分け的存在として知られる川越氏に、末期がん患者について、そして「安らかな死」を迎えるためのキーワードとなる「スピリチュアルペイン/ケア」について聞いた。

 

 

まだ若い、そして死が目前に迫った人たちへのケア

 

川越氏がかかわる患者は、がん末期の人たちだ。それらの人たちには、多くの非がん患者との違いが2つある。一つ目は、比較的若い、ということだ。川越氏らが在宅で亡くなった人を対象に行った6000人規模の調査では、がんで亡くなる人の平均年齢は70歳。非がんで亡くなる人の平均年齢は85歳で、15年の差があった。

 

「僕がかかわっているがんの方への在宅医療というのは、非がん患者と比べれば若い人たちを対象としています。日本人はある意味で死ぬことを理解して受け入れてきた民族です。たとえば、85歳や90歳の方がお亡くなりになるといったときは、割とすんなりご本人が受け入れていらっしゃる。ところが平均70歳というのは、なかには40歳代という方もいるということです。そういう若い段階ですと、お迎えが来るということをすんなりとは受け入れられない。そういった『死を受け入れることがなかなかに難しい状況の人たち』を対象にしています」

 

2つ目は、かかわる期間が平均32日という短期間であるということ。非がんの人であれば平均してその期間は10倍となる。その背景には、現代医療の「がん患者といえども、とにかく徹底して治す」という姿勢がある。

 

「この現代医療が白旗をあげる時点は、既に非常に切羽詰った状況に至った時になります。そこで治療が中止される、という状況がある。そこから在宅医療側が引き継ぐという流れが32日という数字に反映されているわけです」

 

「自分や大切な家族の死が近いという現実を受け入れることには、誰しも時間が必要です」と川越氏も言うように、人が死を受け入れるには時間が必要なのだ。が、その時間的な余裕がない、そして年齢的にも若いことがさらに死を受け入れがたくする。そういった気持ちや感情の渦巻くなかで、死と対峙しなければならない。そういった患者やその家族と彼らの暮らしの現場で深くかかわるのが川越氏らになる。

 

 

患者もその家族も合わせて一人の患者としてケアする

 

「いわゆるホスピスケアという考え方にのっとっていきますと、『家族ケアを重視し大切にしなさい』というのが原則としてあるわけです。家族ケアというのは、当然患者さんが亡くなっても、遺族に向けたものとして残っていきますから、遺族ケアということはとても大事な我々の作業なのです。ですから、ホスピスケアという一定のやりかたをもって患者さんをみる場合、家族に対しての亡くなった後のケアのプログラムが用意されていることがとても大事になってくる。厳しい言い方ですけれども、そういったプログラムを持っていないケアやかかわりというのは、厳密にはホスピスケアというべきではないと。それほど重要な課題なのです」

 

「患者さんもやっぱり、自分がいなくなった後の家族の存在が一番気になりますからね。グリーフケアというのは患者さんが亡くなる前から始まる大事なケア。わずかに残された大事な時を生きるというのは、ある意味では家族にとってもつらい日々です。亡くなる前から始まり亡くなった後も続く家族のつらさや苦しみ。そういうこともわれわれが緩和していく、和らげていく。これも大事な仕事なのです」

 

 

とはいえ、自分達医師の「仕事のメインは、亡くなるまでの患者さんのこと」であるとし、「われわれの行う医療はある意味で患者さんが死を受け入れるための医療である」と話す。

 

「お迎えが来るまでのその大事な時間を安心して、心地よく、納得したかたちで過ごせるように患者さんを支えていくことが、われわれの仕事です」

 

医者としての自身の大切な役目を「徹底して肉体的な苦痛の緩和をすること」と話す。がんの進行から生じる神経の圧迫や呼吸苦などに対し、痛みの緩和に必要な薬の量や種類を処方していく。薬の量が足りないと痛みは緩和されないし、多すぎると便秘や吐き気といった副作用が起きてしまう。川越氏はこの処方の見極めの技術が卓越しているといわれている。

 

「痛みや苦しみの緩和よりも、お坊さんがやるようなケアを一生懸命するお医者さんがいますが、それは完全に間違っていると思います。医者はまず黙って患者さんの痛みや苦しみをとる。どんなに素晴らしいことを言われても、痛みがある状態だとこんな状態で生きたくないと患者さんは思ってしまいます。そこをまずしっかりとやる。完全に医者の大切な役目なのです」

 

そして看護師の役目の重要性を挙げる。

 

「看護師の役目には医者の補助という面がありますが、と同時にある意味で患者さんに全人的なかかわりをするという独自のものが求められます。グリーフケアでは看護師が担うところがかなり重要であると思います。どうしてそうなるかというと、特に訪問看護師の場合、一番近いところで長い時間を患者さんや家族と接して過ごします。家庭環境や家族間の人間関係、今まで生きてきた人生や経験…といったことが黙っていても入ってくるのです。多くの場合には、家族と一緒に患者さんに対してケアを提供するというかたちになる。そして、患者さんに対するケアを一緒に提供するということだけではなく、家族に対しても多様なケアを差し伸べる、提供するという大事な仕事を持っています」

 

 

スピリチュアルペインとは?

 

日本ではあまり知られていないが、グリーフケアのような痛みへのケアに対して米国などではチャプレン(聖職者)だけでなく、看護師が勉強をしてケアを行っているケースがとても多い。「これは、看護師がその仕事の現場でそのような役割を果たすことが一般的になっているという背景があるからだろう」と話す。

 

このホスピスの考え方は、英国の女医シシリー・ソンダース(1918―2005)が創始者だとされている。これは、ソンダースが1967年にロンドン郊外に聖クリストファー・ホスピスを設立したことによる。

 

なお、ホスピス自体のルーツとしては、中世ヨーロッパにおける十字軍の兵士や巡礼者の休息所といったものがあるとされている。これに対し、医療の場で、死にゆく人のケアを専門に行っていこうという考えや施設のことを特に近代ホスピスと呼び、ソンダースの聖クリストファー・ホスピスは、近代ホスピスの第一号として知られている。

 

ソンダースは、薬の処方でのがんの身体的な痛みのコントロール方法を体系化したことが、医療の世界でもっとも評価されている。が、彼女の偉業はそれだけではない。身体的な痛みに限定せず、末期がん患者の抱える様々な痛みを整理し、それらの痛み全体をコントロールすることの重要性を指摘したことでも知られている。

 

ソンダースは、末期がん患者の抱える痛みには、身体的な痛み(physical pain)のほかに、病気が原因で不安になったり孤独感を感じたり、憂鬱になったりする心の痛み(psychological pain)、家族への心配や経済的な不安などの社会的な痛み(social pain)、そしてスピリチュアルペイン(spiritual pain)の4つがあるとした。これらの様々な領域の痛みは複雑に影響し合っており、それらを全人的にケアすることがホスピスケアの中心的な目標であるとしたのである。

 

Spiritualとは、spiritから派生した言葉だ。このspiritは、ラテン語のspiritusに由来しており、古典ギリシャ語で「大いなるものの息」という意味がある。旧約聖書の創世記第2章において、神が泥で人の形をつくり、鼻の孔に息を吹きかけた。こうしてできたのが人間だとされている。

 

「このように、元々はとてもキリスト教的というかユダヤ教的な考え方、見方なのです。この認識は、日本でのスピリチュアルペインやそれに対するケアの発展の歴史の理解において重要な前提になります」

 

 

日本では、スピリチュアルペインの捉え方は時代によって変化しており、それに伴い、訳語も変わってきた。

 

概念の輸入段階である初期では、末期がん患者にspiritual painという苦しみがあり、ホスピスではそのような領域に対しても配慮しなければならないということが確認された。そして、spiritual painは主に「宗教的痛み」と訳され、医療の場にキリスト教の宗教家の参加を要請した。川越氏はこの時期について次のように話す。

 

「日本の場合は、入ってきたときにこのスピリチュアルペインを『誤訳』してしまったんですね。いわゆるキリスト教的な救いじゃないと救えないと。だからホスピスの中でキリスト教を伝えるというかね(笑)。とんでもない、考えられないことをやってしまって……。今でもそういうところがまだ残っていますがね」

 

 

そして次の段階では、「宗教的痛み」に加え、「霊的痛み」という訳語も登場する。キリスト教的なものに限定されていたspiritual painに対して、特に仏教の立場からの発言が増え、「日本人にとってのspiritual painとは何か」が模索された時期である。

 

そのような段階を経て現在、spiritual painはそのまま英語で表記されるか、カタカナで「スピリチュアルペイン」などと表記されることが増えてきた。そして、人が死を前にして日々体が弱っていく中で、「自分の人生は一体なんだったのか」「死んだらどうなるのか」といった『今を生きる苦しみ』に直面する、そのような苦しみがスピリチュアルペインとする考えが拡がって行った。スピリチュアルケアの担い手も、宗教家だけでなく医療者や患者の家族など患者にかかわるすべての人に拡大されていった。

 

 

安易なスピリチュアルケアの拡がりを懸念

 

川越氏は、「スピリチュアルペインは、まさに人間理解そのもの」という。そして在宅ホスピスの草分け的存在として知られる川越氏が25年以上この仕事を続けられている理由を、「在宅でこそ実践できるスピリチュアルケアの深みにある」と話す。

 

「たとえば一般病棟。病院にいるということだけで、日常の暮らしから完全に取り残されている、一人の患者という存在でしかないと苦痛を感じる方もいるでしょう。そして、ホスピス病棟。手厚いケアは受けられるかもしれませんがそこに生活の匂いはありませんし、家族の姿がいつもあるわけではありません。そして、自宅。普段の生活の場にいて、普段通りの生活をする。家族もいつもいてくれる。そういう在宅でのスピリチュアルケアというのは、僕はとても深くなり得ると思っています。在宅でこそ、スピリチュアルペインという最も深いところへのケアに踏み込める。ここまで27年くらいになりますけれど、その深いアプローチへの手ごたえを自分が感じられるからこそ、この仕事を続けることができたんだなと思います」

 

近代ホスピスの考え方が広く普及するにつれ、スピリチュアルケアの担い手が宗教家だけでなく様々な関係者に広がっていったが、このことは同時に「唯我独尊型」「自己陶酔型」の「スピリチュアルケア」を行う人たちも多くなることを伴ったと指摘する。

 

「患者さんと一緒に手を取って泣くお医者さんもいますが、僕には理解できません」

 

たとえば、妻に先立たれ、末期がんを患いながら一人暮らしを送っている男性患者がいる。「生きていても仕方がない」という彼の話をきいていると、一人息子がいるもののわだかまりがあり、長い間連絡をとっていないことが分かる。そのことに対して彼はとても苦痛を感じている。そこで、川越氏が彼の了承を得て息子に電話をし、「あなたのお父さんは間もなく亡くなる。間もなくというのは、この2週間くらいで亡くなるだろう。これから先どうするかは、あなたの判断ですが、お父さんは会いたいと言っている」と伝える。うまくいけば、息子は会いにきてくれる。こういったことがスピリチュアルケアにつながっていくという。

 

「医師として関わる場合、するべきことは説教をすることでも、ただ手を取って泣くことでもないのです。たとえば患者さんは『死にたい』と言う言葉をよく口にします。これは生きる希望をもてないということ。だからスピリチュアルペインなんだと。その通りかもしれませんが、それよりも大事なのはどうして生きる希望をもてないのか、生きるのがつらいのか…ということ。その背景にある『痛み』を解決することで『死にたい』と言わなくなります。そういった医師に要求される当たり前のことを解決して、スピリチュアルケアの糸口が見えてくる。なので、スピリチュアルペインやスピリチュアルケアを軽々しく分かった気になるべきではないと思っています。表面的なステレオタイプをあてはめて分かったような顔で説教をするといったことは決して相手のケアにはなりません。安易にスピリットを語るなと」

 

 

スピリチュアルケアの担い手を育てるには?

 

「スピリチュアルケアは、ケアにあたる者自身が人間理解をしっかり持っていないと不十分だと思います。付け焼刃的に教えられたことをそのまま実行しても、非常に安っぽいケアになってしまう。その人の過去、その人が大事にしてきたこと、その人が嫌がること、それらをすべて知って、その人の持っている価値観、生き方を最後まで大切にできるように支えていく。これがまさにホスピスケアで、その中心がスピリチュアルケアなのです。自分の価値観を押しつけるケアじゃない」

 

スピリチュアルケアの重要な担い手である看護師の育成については?

 

「やはりひとつは患者さんと家族にものすごく深いところまで入っていくことでしょう。これは病院ではできないことです。特にパリアンでは、受け持ち看護師制をとっていますから、非常に深いところまで入っていく。そのなかで、看護師自身も成長していく。」

 

「ただし、問題はあります。非常に深く入るので、バーンアウトする恐れがある。看護師も全身全霊をかけて向き合っていますから。簡単なことではありません。亡くなったあとは、やっぱり思い出して泣きます。でもそれは仕方がないと思います。そういうなかで、こういう仕事をやってよかったなという充実感をもてるようになって成長していく」

 

 

日本では、「臨床宗教師」など、スピリチュアルケアの専門家を育てる動きが少しずつだが活発化している。
(リンク:臨床宗教師とは何か 理念、役割、ビジネスモデル

 

過去に、僧侶の末期がん患者を受け持った経験や、スピリチュアルケアについて僧侶と語り合う機会もあるという川越氏は、仏教宗教家によるスピリチュアルケアにも期待する。

 

「仏教にはもちろんスピリチュアルペインという言葉はないですけれど、スピリチュアルペインの内実に関しては仏教の『四苦八苦』に深く通じるものがあると捉えています。」

 

「『葬式仏教』ではなく、生きているうちからのケアという本来の仏教の道をもう一度考えなければならないと、そういうお話をきいてなるほどなと思いました。実際にそういう動きが出てきているというのも聞いています。ぜひもっともっと頑張っていただきたいと思っています」

更新日:2016年11月25日


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