医療・介護から看取りを支える人たちのインタビュー ”ひと”

インタビュー“ひと”
看取りを支える人たち - Human Inteview -

看取った命を次の世代に生かしていく

Profile


後閑愛実看護師

看護師。 療養病棟勤務の傍ら、人の死や看取りの実際についてインターネットTV・講演などで精力的に発信し続けている。

はじめに

今回インタビューに応じていただいた後閑愛実(ごかんめぐみ)さんは、積極的な治療はしないけれど、長期にわたって介護が必要な方が入院されている療養病棟の看護師をされながら、人の死や看取りの実際について、インターネットTVを使いまた講演の場で精力的に発信し続けている。

後閑さんがなぜそのような活動を続けているのか。なにを大事にし、なにを伝えようとしているのか。

そういった視点から詳しくお話をうかがった。

 

あの時あなたの命を助けることはできなかったけれど、あなたの命を次の世代に生かしていったのよ 

編集部
後閑さんのブログ等を拝見していると、ターミナルケアについての関心やこだわりをかなりもっていらっしゃるように感じます。けれども、そういったものに意識が高まっていった流れというか、後閑さんの中での経緯や事情を教えていただけますか。

 

後閑さん(以下 敬称略):
私の看護師としての前半は外来、中でも中心となっていたのは救急医療でした。ですので、死に関わることはありましたが、緩和ケアの先の看取りとか終末期といった分野とはかなり遠かったと思います。

新人の頃に始めて出会った死というのが、34才の男性の救急患者の方でした。

救急車で、心肺停止の状態で運ばれて来たのです。私たちで蘇生したのですけれど助かりませんでした。

原因は、お昼ご飯を食べている最中に喘息の発作を起こし、吐いたものがのどに詰まっての窒息でした。すぐに窒息介助をすれば、処置をすれば、多分若いから助かったと思うのです。

その会社にはAED(自動体外式除細動器のこと。心室の細動で全身に血液を送れない場合に、電気ショックを与えることで正常な機能を回復させる装置。空港・駅・学校など公共の場に設置されている)があったのに、AEDの使い方や窒息の介助の仕方を知っている方はおらず、処置ができる人が誰もいなかったのです。救急隊が来るまで何もされていませんでしたので、救急隊の到着後、そして病院に着いた段階で蘇生を受けても間に合いませんでした。

そのようなことがあって「これは病院の中でやれることではなくて地域の人達が関わる必要がある。」「AEDがこんなに普及したのに、AEDを使える人がいなかったら蘇生率って上がらないな」と思いました。それで、一次救急を教えるインストラクター資格を取って一般の方に教える活動をしています。

私がこのAEDの使い方を教えることで、教わった人がAEDを必要とするシーンで使うことで助からなかった命が助けられます。そうなれば、私がそういった活動をすることで、教わった人がそういうシーンで動けるようになり、それによって本当は死んでいたかもしれない人が助かることになるのかもしれません。そういったつながりができればと思ったのです。

私が出会ったあの34才の男性は亡くなってしまったけれど、その人と会って影響を受けた私が、次の人に影響を与え、その人もまた誰かに影響を与えることで命が助かり…。これってなにか、命が続いていくことだと思ったのです。

そう思うと、私が看護を続け、AEDの使い方や救命の処置の仕方を教えることで、あの34才の男性の命が生かされることになる気がしたのです。もし私が死んだあと彼に天国で会うことがあったら

「あの時あなたの命を助けることはできなかったけれど、あなたの命を次の世代に生かしていったのよ。」と伝えたいと思っています。

 

死によって、確かにそこで肉体的には終わるのだけれど、受け取った思いとか影響を受けたものは続いていくと思ったのです。

私とあの34才の男性との関わりは、ほんの数時間の処置をすることだけですけれども、確かに悲しかったですし、「もっとこうしてあげれば良かった」と後悔もしました。でも、その後悔や涙の奥には、別れをそれほどに悲しめる関係性が築けたという(言葉は悪いけれど)「幸せ」みたいなものが隠されているのではないかと思いました。

「たった数時間関わっただけでも、そういう関係性が築けた、そういう幸せを私は築けたのだ。それを次につなげられるって、本当にすごい仕事をさせていただいているな」と思ったのです。

それをもちろん看護師とか医療者だけではなくて、家族だったらもっと深い関係性を築いているはずだと思うのです。なので、死をただ悲しいこと、不幸なことにするのではなくて、今まで築いてきた幸せを受け取って次に生かしていってほしいなという思いを持つようになりました。

 

生きるって感じることなんじゃないか

後閑:
その後、自ら希望して現在の療養病棟での勤務になりました。そこで出会った終末期の現実は、たくさんの管につながれたうつろな目のままぼうっとしている多くの患者さんたちでした。何を考えているのかもわからず、意思疎通もできず、ただただ息をしているような患者さんたちが、本当にいっぱいいました。

私たちは命を続かせようとして、それこそ肉体的な命を続かせようとして、たくさんの治療をするのですけれど、「これは本当にこの人たちのためになっているのかな」とか、「ただ痛めつけているだけじゃないのかな」って、すごく悩みました。

「ただ生かしたい」という私たちの思いだけで、治療をしているのではないかということが気になり続けて、「生きるってなんだろう?」「この人達はむりやりに生かされているだけなのではないか?」と感じていた時期もありました。

そのころプライベートの友人で、ある女の子がいました。その子は心に悩みを抱えていて、よくリストカットをする子だったのです。

「リストカットってなぜするのか」というと、耐えきれない心の苦しみを、体の痛みに変換することで、心のバランスを取ろうとしているのです。

その彼女に「なんでリスカをするの?」と訊ねたら、「生きているって気がするから。」と言われたのです。

私はそのとき「生きる」ということがなんだかよくわからなくなっていた、悩んでいる時期だったので、その言葉にすごく惹かれて、ちょっとリストカットしてみたのです。興味本位で。そうしたら、痛くて、血が流れるのですけれど、流れた血が温かかったのです。

そのとき「痛いとか温かいとか、生きているから感じるのだな」と思えました。

 

私の中で得られた「生きるって感じることなんじゃないか」という感覚。「痛い」「苦しい」「辛い」という感情や感覚、「幸せ」とか「気持ちいい」とか「温かい」とかそういったこと含めていろいろな感情や感覚を感じることが、私の中では「生きる」っていうことじゃないかと思ったのです。

ちょっと前に、ビクトール・フランクルの「夜と霧」を読みました。

アウシュビッツの囚人たちは、ものすごい虐待を受けるわけですが、いちいち虐待に対して怒ったり悲しんだり絶望したりしていたら心がもたないから、心を殺して、何も感じなくなって生きていくのです。

ビクトールは精神科医だから、それがわかっていました。でも自分もある日、ついさっきまで一緒にご飯食べていた人が亡くなっているのを見て、死体を見て、それを見ながら何も感じないでご飯を食べている自分がいて、「心が死んでいると思った」というくだりがありました。

それを読んだときに「その囚人の人たちと、病棟でただ管につながれて生きている患者さんたちは同じなのだな」と思ったのです。心を殺して、ただただ、命だけはつないでいる。

でも、私はこの患者さんたちを生かしたいと思ったのです。

肉体的なことだけではなくて、「嬉しい」とか「楽しい」とか「気持ちいい」とか…そういう幸せな感覚や感情を、少しでも感じてほしいと思ったのです。私の生きるというのは感じるということだから。

今まではあまりそういった患者さんに話しかけていませんでした。反応がなかったからです。

でも、そういうことを考えるようになって、ちゃんと目を見て「おはよう」とか、「今日は暖かいよ」とか、すごくいっぱい話しかけたり、手を握ったりするようになりました。そうすると、実は気づいていなかっただけでいっぱい反応をくれていたことに気がつきました。ちゃんと目を見て話しかけたら、「おはよう」と言ったら、「おはよう」って返してくれたのです。「この人は話せるのだ」と思いました。

多分、聞こえていなかったのですね。それまで私がしていた、ただ単に「おはよう」と言っていたことは、「自分に対して言われている」言葉とは受け取られていなかったのかもしれません。

私がその方の目を見る、目線を合わされるから「この人は私に話しかけているのだ」というのが伝わって、「おはよう」と返してくれたのかもしれません。

もしくは、「おはよう」って言った後にずっと待っていると「おはよう」って返って来ることもありました。多分、言葉がなかなか出てこないのかもしれません。それまでこちらが待っていなかっただけなのかもしれません。

手を握って「おはよう」と言ったら、言葉は出てこなくても握り返してくれる人もいたのです。「これも反応だな」と。「この人達はちゃんと感じている、私の手を感じてくれている、私の声を聞いて感じてくれている」

そういうふうに思ったら、「この人達はちゃんと生きている」、もっともっと「嬉しい・楽しい・気持ちいい」とかそういう幸せな感情を感じて、最後まで生きていってほしいなと思ったのです。

 

「では、尊厳とはなんだろう?」といろいろ考えたときに私の中で辿りついたのは…

後閑:
よく「尊厳を守る」って言うじゃないですか。「尊厳を守る」って実はどういう意味なのかよくわかりませんよね。辞書を調べれば尊厳って「厳かで」とか「厳格に」とか、何かこう、よくわからないのです。人間的な尊厳と言われると、何をしていいのかよくわかりません。

「生きたい」と言う人を生かしたりとか、「ご飯を食べたい」と言う人にご飯を食べさせたり、「家で看取られたい」と言う人を家で最期までいられるようにするのと同じように、もし「死にたい」と言われたら、死なせてあげればいいの?みたいなことになってしまいます。

「では、尊厳とはなんだろう?」といろいろ考えたときに私の中で辿りついたのは、「生きていてもいいんだ」と思えることを支えることかなと。「私は生きていてもいいんだ」と思えることを支えることです。

なぜそう思ったのかというと、それもある患者さんとのことがきっかけでした。

その方は90代の女性の患者さんで「こんな私が生きていても、迷惑をかけるばかりだ。早く死にたい」みたいなことを言っていました。

「迷惑かけて、申し訳ない、申し訳ない」と言う患者さんがいて、私はその患者さんに、「マツコさん(仮名)、今まで頑張ってきたでしょ。だって息子さん6人も育てたのですよ。今まで頑張ってきたのだから、いろいろな人をお世話してきたのだから、これからはお世話される番なんだよ」って応えていました。

「私達だって、いずれお世話される番になるんだから、今はマツコさんのお世話をさせて」って伝えたら、「あ、そうだ。私、頑張ってきた」って。「息子ね、6人も育てたんだよ」って。

その方は行田の人でした。行田は足袋が有名なのですが、「足袋を自分の家で作って売って息子6人を育てたんだ」みたいな思い出話が始まりました。

そういうふうに自分を受け入れて、「生きていてもいいんだ」と感じてくれたら、どんどん変化していったのです。ご飯を食べたら「美味しい」って言ってくれるようになったり、お風呂を入った後も「気持ちいい」って言ってくれる、感じてくれるようになったのです。

多分今までは、「迷惑をかけるから」「なんで生きているんだろう」「早く死にたい」みたいなことを思っていたのかもしれません。

それが「私、生きていてもいいんだ」と思うことで「美味しい」とか、「気持ちいい」とか感じられるようになったのだと思います。そんなふうに感じてくれることで「ああ、この人は生きていかれるんだ。」と私自身が思えるようになったのです。

そういう看護を続けていきたいと思っています。

 

もっと元気なうちに家族の方とじっくりと話をしておいてほしい

 編集部:
マツコさんとの関わりを通じて、そういったことに気づいていかれたのですね。
その後、マツコさん以外の多くの患者さんに対してもそのような視点で向き合ってこられたと思うのです。そういう中でさらに見えてきたことはどういったことだったのでしょうか?

 

後閑:
そうやって病院の中で向き合ってやっていても、結局は延命治療がなされるわけです。病院の中では何もしないわけにはいきませんから。

だから、本当だったら老衰でそのまま静かに亡くなられた方であっても、胃ろうされたりとか点滴されたりとかいろいろされて。最後苦しい思いをして…。

もちろん苦しいだけではなくて、その中にも「気持ちいい」とか「美味しい」とか、たくさん幸せな感情を感じてもらうようにするけれども、やはり「自分の思い通りに生きていけていらっしゃるのかな」という疑問が私の中でだんだん大きくなっていきました。

重い病気になって、終末期になって…となると、自分の思いが伝えられなかったり、健全なときのような正常な判断はできなくなるといった状態になりがちです。

だから、「もっと元気なうちに家族の方とじっくりと話をしておいてほしい」と思ったんです。

知り合いが緩和ケア病棟で親を看取った時に、「なにが一番辛かったのか」って聞いたら、「決定すること」と答えたのです。親自身の重要なことを親の代わりに自分が決めなければいけないことという意味でした。

「親の人生の重要事を、家族だからと言うことで私が決めなければいけない…というのが、一番辛かった」って言っていました。

例えば「どこまで治療をしますか?」とか、「どこで看取りますか?」という質問にしても、すでにそのお母さんは認知症とガンの末期だったので、正常な判断ができないわけです。「自分で決めて」とか言えません。そういった場合、医者は家族に「決めて下さい」と言うことになります。

元気なうちにちゃんと話し合いをしていれば答えられるかもしれませんが、ほとんどの場合そういったことはしていないわけです。知り合いの場合もそういう状況で、それで「いざというときに決めることが一番辛かった」ということになってしまったようです。

その人自身は介護士を経てケアマネージャーをしている方だったのです。だから、介護とかはそれほど苦ではなかったようです。今まで仕事で経験してきていますし。

だけど、いざ自分が家族の立場になったら、「決めるってこんなに辛いとは思わなかった」と言ったのです。「もっと早く話し合っておけば良かった」って。

末期で病院に入ってしまった段階で、初めてそういった話をしようとしても遅いのです。

「元気なうちから話し合っておいてほしい」と思って、それでインターネットテレビをやったりとか、講師活動したりとか、病院勤務とは違う切り口で活動しています。もちろん病院でも働いていますけど。

療養病棟の看護師としての活動だけでこの問題にアプローチしようとしても限界があると感じています。

 

編集部:
多くの場合には本人による意思決定がされないままになんとなく延命治療に流れ込んでいく。そんな状況の中で、後閑さんがイメージしているような生き生きとした人生を送ってもらうということが、実際にはなかなか実現しようがないということ。

その背景として、元気なうちに家族が、そういった本人の意思決定を担保するというか、本人との認識共有を深く行っていく部分が欠けている。そこが原因となってしまっているのではないか、そんなふうに感じていらっしゃるわけですね。

 

後閑:
そうですね。特に、最近「終活」ってことが話題になったせいでしょうか。「延命治療しないで」とか、「胃ろうは作らないで」という方は増えました。

けれど現実はそんな簡単には済みません。実際にご飯を食べられなくなったときに「このままだと十分な栄養が取れず命にもかかわりますがどうしますか?」と家族が問われます。「胃ろうは作らなくてもいいって本人は言っていたけれど、そこまで覚悟して言っていたとは思えないのでどうしていいのかわからない」ということで、結局医療者まかせで鼻から管を入れる経鼻の経管栄養になったりとか、中心静脈栄養といって心臓に近い静脈に管を入れることになったり…といった状況です。

 

編集部:
つまり、今の「終活」が捉えている問題意識だと、あまりにも漠然としすぎていて実際に有効な打ち手につながっていない。仮に、そこに関して本人の意思決定が一応あったとしても、現場のリアルな状況の中では、それに頼ってジャッジしていいほどの明確な覚悟でもなければ、意思決定でもないということですね。

 

後閑:
そうです。漠然としすぎているのです。もっと、話し合っておいてほしいのです。本人にしっかりとした思いが絶対にあるはずなのです。

本人に自分の親を看取った経験とかがあれば、「お母さんすごい延命治療をされたから、私のときはもうやらないで」という強い思いを持っていたりするのに、それを家族で話し合っておかなかったので家族にも汲み取れていなかった、といったようなことです。「なになにしないで」というのは、けっこう難しいのです。

「お母さん『延命治療しないで』って言ってた」「え?じゃあ、何をしたらいいの?」みたいなことになるわけです。

 

編集部:
私自身、自分の親の事を考えてもそう思います。

漠然としたメッセージだけでしか受けとめていなければ、具体的な切迫した状況に直面したときに「この状況でも本当に母親はそれを望むかな」と迷ってしまいますね。

当初の漠然とした指示では全くあてにならないでしょうね。「実際にそれを実現する、実行すると具体的に何が起こるのか」というところをしっかりと認識した上で判断してもらっていないと、息子という立場・子どもという立場でもなかなかそこは決められない。

この部分、欠けているものはなんなのでしょうか?単にお互い遠慮しているだけではなくて、「具体的な状況がイメージできない」といった経験とか知見的な部分もあるのかなと思っているのですが。

 

人って実際に自分自身が体験したことじゃないと考えられないと思うのです

後閑:
それはあると思います。今ほとんどの方が病院で亡くなっているから、家族も死にゆく過程は見ていない。人が死ぬところを見ていない人が多いと思うのです。見た事あります?

 

編集部:
まさにそのシーンというのはありません。「ガンで亡くなりました」という情報だけが入ってきます。

 

閑:
多分リアルな想像がつかないので、考えられないのかなと思うのです。なので私は多くの方にそういったことの追体験をしてほしくて、いろいろインターネットで話したりしているのです。こんな最後がありましたとか。

 

編集部:
そうすると、かなり具体的なケースのお話をしていくということでしょうか。

 

後閑:
することもあります。個人情報の問題があるからいろいろ変えてしゃべったりもしていますけれど。

けっきょく、人って実際に自分自身が体験したことじゃないと考えられないと思うのです。考えるって多分過去の経験を生かす事だと思うのです。全く未知の分野に関しては考えられないと思うので、だからこそ、自分の親の死であったりと、身近な人の死をリアルに体験することで自分に置き換えて考えるしかないと思うのです。だけど、現代の多くの人は、そういった場面から切り離されてしまっているからなかなか考えられない。

 

編集部:
インターネットTVでそういった情報発信していく以外に、何か活動というのはされていますか。

 

後閑:
今、講師として活動しています。でも依頼が来るのが介護職とか看護師さんとか、どちらかというと家族というよりは医療・福祉関係の方からです。

仕事で、専門職として看取りに関わっている人達からの依頼が多いのですけれど、本当はもっと家族に向けて伝えていきたいと思っています。

本とかネットとか、情報はいろいろあふれているのです。でもやっぱり、人の声というか人から直接語られたことって、リアルに感じられたりとか。人の声だからこそ伝わる部分もあると思っています。

 だいたい講演は90分です。90分ずっと亡くなる話をするわけではなく、ちょいちょい笑いを入れながら、でもちょっと考えてもらったりとかして、一つか二つ人の死の場面についてのリアルなケース、実例的なことを話しています。

それ以外の内容は対象によって異なります。新人看護師や看護師になろうとする方々に話すときは「看護ってこういう面白さがあるよ」とか。

先日、ある看護専門学校で話をさせてもらったのです。あと一か月後には看護師として働くという子たちに「看護ってやればやるほど面白くなるよ」って。「その楽しさは、コンピュータゲームの楽しさとかではなくて、人に興味を持つ楽しさというか面白さがあるよ」という話をしてきました。

介護職向けであれば、だいたい老衰だったり認知症だったりの話。終末期になるといろいろな問題を抱えていてだいたい食べられなくなってしまうのですが、そういった「食べられなくなったときに介護職としてどうしたらいいのか?」という話になるのです。

実際は話す事ができれば食べられるのです。食べるという行為は、実は口を閉じる・舌を動かすという二つの機能があればできるのです。

この二つの機能があれば話すことができるのですが、実は食べることもできるはずなのです。もちろん消化管に問題があって、食べたら腸閉塞を起こすとか出血するとかいうのであれば無理ですけれど、話す事ができれば食べられる。「話すことができるのであれば食べることをあきらめないで」という介護の知識的な事を話します。

ポイントは食べ方なのです。上を向いていたら食べられないし、体の姿勢が悪かったら食べられないしとか、でも基本、話す事ができれば食べられるということです。

 

編集部:
一般の方に講演をしていくとしたら、どういうものを中心に伝えていく想定ですか。

 

後閑:
やはり、話し合いをしてほしい。そこが一番です。延命治療が悪いわけではありません。延命治療をした先に、どう生きるのか、何をするのかということが大切だと思っています。

 

編集部:
いわゆる、アドバンスケアプランニングと言われている領域ですね。

アメリカのNPOがFive Wishesというツールを開発されている。日本語で言えば事前指示書と言われているもの。日本では箕岡真子さんというお医者さんでもあり東大の大学院で研究員もされている方が「私の四つの願い」といった形でまとめられていらっしゃると思います。ああいったことと共通されていますか?

 

後閑:
はい。ああいったアプローチでいいのだと思っています。ああいったもの以外にもエンディングノートもそうですね。けっこう具体的に書く。あれは本当にいいと思います。本当は本人がひとりでコツコツ書くだけでなく、家族で話し合いながらそういうものをまとめていったりとかしてほしいですね。

 

編集部:
なにかツールを使うとそういった家族間のコミュニケーションがしやすくなる、といったようなことはあるのでしょうか。

 

後閑:
漠然と、「どう生きたい?」とか言われてもわからないと思うんです。答えようがない。それで、ああいうツールがあるといいかなって思います。

 

全ての機能が穏やかに衰えていけば苦しくない

後閑:
ちなみに、一番理想的な死は老衰だと思うんです。なぜかといったら、老衰が一番苦しくなく、かつ、看取る方も時間的な余裕があります。なぜ苦しくないかといったら、老衰って全ての機能がバランス良く衰えていくことなんです。単に身体が衰えるということではなくて、全ての機能、頭とかの意識も全てがバランス良く衰えていくと、慣れてくるというか、苦しくないんです。

慣れてくるというのは分かりにくいでしょうからもう少し説明します。

例えば、小学生の頃は100mをそれこそ10何秒で走れたと思うんですけど、今100m全速力で走って下さいって言われたら自信を持って走れる中高年の方はあまり多くないと思います。

これは、明らかに衰えているわけです。でも、時間をかけてゆっくり衰えているから苦しくありません。だけど、昨日まで走れていたのに、突然何かあって今日走れなくなったとしたらすごく苦しい。喪失感の苦しさというか。

これが、ある程度の時間をかけて穏やかに衰えていくと、苦しくないんです。 

認知症というのも脳の機能がゆっくりと衰えていくので、それ自体は苦しみを感じなかったりするわけです。死への準備期間に入っているということです。ああやって全ての機能が穏やかに衰えていく中で、あわせて脳も衰えていくという場合には、通常は苦しくないんです。

ガンがなぜ苦しいかといったら、体の機能がものすごいスピードで衰えるのに、意識だけが依然としてハッキリしているままなので苦しいんです。もっと、意識も体も緩やかにバランスを整えて衰えていくのであれば苦しくはありません。それこそガンに対しても、抗がん剤でガンガン叩いたら、腎機能とか肝機能とか抗がん剤に影響を受ける臓器が一気に衰えます。そうすると他の肺とか心臓とかは元気なのに、一部臓器の機能だけが衰えているから、バランス悪くて苦しくてしようがないんです。そこを、バランスを考えて徐々に穏やかに衰えさせていくイメージで死に向かって行くと本人も苦しくないし見ているこちらも少し準備ができるかなと思います。

例えば、理想的な死へのプロセスというのをお互い自分たちの中で決めておくことで、「今ちょっとこういう状態だな」という判断ができたり心づもりができたりするのだと思います。

 

たくさんの人に助けを求めて、家族自身も自立してほしいのです

編集部:理想的な死というテーマで触れるのが適切か分からないのですけれど、気になることもあります。
「長きに渡って衰えていく」パターンの場合を、在宅介護・在宅看取りという側面から考えると、かなり家族の負担が厳しく、介護疲れでヨレヨレになって…そういう意味で苦しむという話も、リアルな話として聞こえてくるわけです。この点についてはどのようにお感じですか?

 

後閑:
確かにそうですね。長く続くと確かに辛いです。特に認知症で徘徊とかがあると、家族だけではきっと無理だろうと思います。そうしたら、たくさんの人に助けを求めて、家族自身も自立してほしいのです。自立って自分だけで何かをすることではなくて、実は「依存先を増やすこと」だと思っているのです。赤ちゃんってお母さんとかお父さんだけに依存するから全然自立していないけれど、小学校に入ったり社会に出れば学校や先生、友達、社会、それに仕事とか…いろいろ関わる中で依存先を増やしていくから、より自立した存在になるわけです。

家族も同様で、介護の中で家に籠ってしまって親との関係にのみ依存するのではなくて、いろいろな人や社会と関わって依存先を増やして自立した生活をしてほしいなと思います。

 

編集部:
長い療養期間というか終末期であっても、やりようによっては家族が不幸な状況にならないということですね。

 

終わりも含めてただ人生だよ

編集部:
今後の後閑さんの方針といいますか、この先はどういう方向で進んでいかれるのでしょうか。今までの形の延長で考えていらっしゃるのか、何か展望みたいなものはございますか。

 

後閑:
もちろん看護師は看護師で続けていくのですけれど、講演にすごくやりがいを感じるようになって来たので、講師として講演活動は続けて行きたいと思っています。伝える対象も、患者家族だけではなく行っていきたいと考えています。たくさんの人に幸せを感じて生ききってほしいと思うのです。「終わりを含めて人生だ」と思っているので。

ちょっとこころざし的な事を言わせてもらおうかと思いますが、それを説明するのにちょっと違う話から始めないとなりません。

看取りとは話が変わるのですけれど、1990年代まで日本人の死因の1位って実は中絶なのです。当時は表向きには心疾患が一番なのです。心疾患、ガン、血管疾患が三大死因だったわけです。でも、実はそれを超えて1位の原因が中絶だったのです。ガンとかは教科書に載るようなことなのですが、教科書にも載らない日本人の死因の第1位は、実は中絶だったのです。

胎児は人としてカウントされないから、中絶は死因にはなりません。ちなみに、私が生まれた1980年は598084件あったのです。

私の看護師として外来勤務のころ、婦人科外来にもいたことがあります。その頃が2003年です。まだ中絶の多い時期でした。2013年には186253件まで減ったのですけれど、そのころはまだ多い時期で、私が働いていた病院にも月に2、3件、中絶がありました。

10分ぐらいの短いオペなのですが、本当に重い空気、息をするのも苦しいような。そういった長く感じる時間がある。

ほとんどの場合、お母さんというか手術を受ける女性が一人で来られるのです。同意書が絶対に必要なので、相手の方あるいは未成年だったらその親とか、絶対誰か知っているはずなのですけれど、ほとんどが一人で来る。いろいろな状況があったと思うのです。

そのお母さんに対して「中絶が悪い」と言いたいのではなくて、いろいろな状況があって、ある意味申し訳ないけど仕方がなかったのかもなって、そこを責める事は出来ないと思っているのです。

ただ、私の勤めていたその病院は、2階にオペ室があって1階に噴水があって、噴水で子どもが遊んでいる気配をよく感じていました。

「この病院、小児科はないのに、なんでこんなに子どもがいるのだろうな」って、当初思っていたのです。

けれど、ある時「もしかしてあの中絶で亡くなった本当は生きるはずだった命が、透明な子どもになって遊んでいるのじゃないのかな」って思ったのです。

それで、「そんなところで遊んでいないで早く生まれ変わっておいでよ」って思ったのです。だけど、「あの子達が早く生まれ変わりたいと思うような世の中なのかな」とも思って…。

だから、「あの子達が次生まれてくるときは、安心して生まれて生きられるような世の中にしたいな」と思っていたのです。

そういったこともあって、「終わりも含めてただ人生だよ」と。

「みんなに、終わりの事も含めて人生に幸せを感じて生ききってほしいな」って、そんな思いがあります。

それが具体的に、「じゃあどうするのか?」と言われるとまだまだあいまいなのですが、いずれは家族とか学校に話に行きたいのです。小学校、中学校、高校とか。

今は介護職とか看護師の方達にお話をしていますけれど。

 

編集部:
「みんなに、終わりの事も含めて人生に幸せを感じて生ききってほしい」という思いと、「学校等で多様な年代の子ども達に語りたい」というのは、どういうつながりなのでしょうか?

 

後閑:
「命を大切にするって、命の時間を大切にする事ではなくて、命の時間の使い方を大事にすることだよ」とか、そういった「命の大切にするとはどういうことか」といったことを、小さなうちから考えていってほしいなって思っているからです。死生観的なところも考えてほしいってことになるのかもしれません。

小さい頃から、子どもの時点からそういう考えを深めることによって、人生が豊かになるんじゃないかと思っています。

 

その子の中で、何か死生観的なものが一つ確立した瞬間だったのかな 

後閑:
私の友達で旦那さんを家で看取った方がいるのです。その旦那さんが亡くなったときに8才の男の子が火葬場で、「お父さんの体焼かないで」ってものすごく泣いていたのに、火葬が終わった後お父さんの骨と灰に向かって「ざまあみろ」って言ったのです。

あんなに火葬する前泣いていたのに、火葬が終わったら「ざまあみろ」って。

それでお母さんが「どうしたの?」って訊ねたら、「お父さんは僕の中で生きているけど、これでガンは死んだ。もう、お父さんをいじめる事は出来ない。ざまあみろ」って言ったのです。

その子の中で、何か死生観的なものが一つ確立した瞬間だったのかなと思うのです。

その子は今高校生ですけど、頑張っているみたいです。そうやって、小さいうちから命に触れておくと、もっとより豊かな、満たされた人生を過ごしていけるのではないかと思います。

もっと子どものうちから、人それぞれ絶対何かしら思えるはず。何かきっかけというかそういうことがあれば…と思うのです。

更新日:2016年06月03日


このインタビューを読んで良かったですか?
良かった 良かった

30

看取った命を次の世代に生かしていく

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

看取った命を次の世代に生かしていく

看取った命を次の世代に生かしていく

この記事が気に入ったら
「いいね!」しよう

看取った命を次の世代に生かしていく

大切なひとと考える『これからハンドブック』

pagetop