医療・介護から看取りを支える人たちのインタビュー ”ひと”

インタビュー“ひと”
看取りに取り組むフロントランナーたち - Human Inteview -

営利だけでは乗り越えられない時代に…【3】

Profile

株式会社ウッディ 代表取締役
木戸 恵子看護師

2008年 訪問看護ステーション はーと設立 2013年 ホームホスピス はーとの家 金町設立 2014年 機能強化型訪問看護ステーションの指定を受ける ・ 介護のみのりはーとカフェ設立

ご利用者様事情 どういった方の利用が多いのか

講演会での1シーン

編集部:

利用者さんたちは高齢独居の方の割合が多いのですか?

 

木戸:

葛飾区は23区のなかでも低所得の人や老々世帯の多い地域ですので。また、高齢老夫婦世帯が多いのですが、お相手を看取られますとそのまま独居になってしまいます。独居のかたは多いですね。

 

編集部:

独居の方で在宅っていうのは難しいイメージがあるのですがいかがですか?

 

木戸:

「独居だから難しい、家族がたくさんいるから在宅を実現しやすい」というのは、私が前職で務めていたステーションの最初のころに感じていたことです。ですが、現在は「独居だから心配」「3世帯家族だから安心」といったふうには思わなくなりました。

独居の方でも在宅看取りはできるようにしていますし、信頼関係のなかで生活を支えながら、そういった暮らしの最期に人生を閉じられるように、はやばやといろいろなことを、例えばお金のこととか、他にはご自分のお葬式のこととか、いざというときにはどこに連絡すればいいのかとか…。こういったことを少しずつ少しずつ聞き出す技を私たちは携えてきたのです。こういった蓄積の中で、今では「独居の方の場合でも少しは上手く進められるようになったのかな」と思っています。

 

編集部:

ところで、ホームホスピスについては、かなりお亡くなりになるタイミングが近づいてから短い期間滞在される形でのご利用が多いのでしょうか?

 

木戸:

2年前の春、4月に立ち上げました。ですので、いまはまだ2年と4カ月です。ですが、この1年では施設内でのお看取りが60名を超えています。ただ、6部屋しかないので、利用者様たちはあまり入れ替わることはありません。

先ほどお話ししました「栄養失調で死ぬよ」とお医者さんから言われていた方が、おふたりともずっと長らえていらっしゃる。他には、別のサ高住で「ここ2週間です」と判断されていた方、人間的返報が動物的返報に変わってしまっていた方が、はーとの家に移動してきて2年間生き長らえています。そういったことを考えると「お看取りハウス」ではなく、いまは「生き長らえるハウス」に変わっているのです。結果として、部屋が動かなくなってきているので、その分お看取り率は上がらなくなっています。ですけれど、それも一つの私たちの生きがい、やりがいになっていますのでなんら問題はないのです。

また、二部屋は必ずお看取り用ということで空けております。つまり、「緊急時の困ったとき用」ということで空けてあるのです。その部屋は、お看取りをするためにご家族が泊まられたり、多くの方がおいでになっても他の利用者様に迷惑にならないように、と大きめのお部屋でソファを設置して…という形にしています。

 

ですが、先ほど申し上げたように全国の統計では1年間で60名以上の在宅看取りが発生している訪問看護ステーションは0.6パーセントぐらいしかないわけです。多くのステーションさんでは、在宅のお看取りは1年でおおよそ15名から20名ぐらいなのです。それを考えますと、「はーとの家ではだいぶお看取りしているな、亡くなっていらっしゃるな」という感想ですね。

ホームホスピスの社会的な認知や拡がりについて

ホームホスピスの個室内

編集部:

こういったホームホスピスは世間的にはまだあまり認知がないと思うのです。ホームホスピスの草分けである宮崎県の「かあさんの家」の開設が2004年で、その頃からちょっとずつ知られてきているとは思うのですが、それでも認知の広がりはまだまだ足りない。その原因はどのようにお考えですか?

 

木戸:

「かあさんの家」が立ち上がって日本でのホームホスピスの歴史が始まりました。私どもも「かあさんの家」から拡がっていった流れの中にあると思っています。私たちが19軒目ということで、いまは22軒目ができたらしいです。

似たり寄ったりの事業をされている方々はたくさん居られますが、ホームホスピス「かあさんの家」と言えるレベルとなると限られるとは思います。やはりいまは消防法の問題とかがありまして、そこを解決しないと思うようにいかなくなっているのが現実なのです。それでも九州から神戸あたりにかけて、つまり西日本ですね。あちらではもう完全に広がりを見せています。

また、ホームホスピスを開設するといえば行政の担当者さんからも「お部屋代の半分をなんとか都合をつけましょう」とか、「そのかわりなにかあったときにはちゃんと報告をしてくださいね」などという形で協力的になっていただいているようなのです。それが「認められた」ということになるのかどうなのかは、私にはわかりません。ですが、実際にはこのように行政からも連携を求められているわけです。「お部屋代の半分は融通するけれども報告はしてね」といったような関係なのですね。

 

私どものホームホスピスは、東京都で初めて建てられたものになります。このように関東ではホームホスピスはまだ珍しい。東京都では「ホームホスピス」というカテゴリがないので「住宅型有料老人ホーム」というカテゴリに入ることができるか、もしくは「無認可老人ホーム」のどちらかになります。「無認可」はカテゴリではないですけれど「他に入らないのだったらそれですね」ということで。私も建てるまではこんな問題に直面するとは思っていなかったのです。その後の2年間で、「この地域では、カテゴリ分けをされないとスムーズに馴染めないのだ」ということを学びました。

 

ですので、私どもはこの7月に「住宅型有料老人ホーム」という申請に踏み出しました。「かあさんの家」の市原さんにもきちんと報告をしておりますし、一緒にこの前の報告会にも立たせていただきまして、ご理解をいただいているようです。どのかたちであれ理念は一緒、そして市原さんが思うことに私は賛同したわけでちゃんと可愛がっていただいています。(笑)

その地域地域の特性や事情に応じて多少形は異なっていくわけですが、市原さんを始め「かあさんの家」を支え拡げてきた皆さんからそれが否定されたことはありません。、「地域にまず馴染んでやっていくことが大切」といったことをおっしゃっていただいています。

どの選択が適切かは、今は見えません。目の前の諸々の課題がが解決したらまた拡がっていくのだと思いますし、同じようなスタイルで無認可さんとしてやっていらっしゃるところもあるので、みんな気持ちは同じなのだと思います。なかに「ちょっと…」っていう方も居られるのでそこは困るのですが…。

 

お日様に向かって生きている方々が運営されているところは、どこもちゃんとしています。「困っている方おひとりおひとりを大切に支えたい」という思いでやられているところですね。

は、100人の中の1人として扱われるのは、誰しもが嫌だろうと思います。特に団塊の世代の方々にはそういった思いの強い方が多い。私だったら、「大切に大切に個人を見てくださるところに行きたい」って思います。個別性のケアがちゃんとできていて、縛られたりせずに自然のままで生活できる場所を、人は求めるのだとしたら、ホームホスピスのような場所は拡がるのだと思います。売上や利益はそこにはそれほど求められないけれども、1対1のケアが追求される場所ということで求められる、大切にされる。結果として自然に拡がっていくのだと思います。志のある人がたずさわられている限りは、拡がるのだと思います。

 

編集部:

ホームホスピスで課題になるものとして、施設周辺の地域住民の方々の理解の問題はありませんか?死ということへの恐怖であったり。そのあたりはいかがですか?

 

木戸:

そうですね。私たちも子どもの頃、いまの小学生もそうしているのかもしれないけれど、お葬儀屋さんの前を通ったり霊柩車を見ると、こんな指を隠してしまったりしていましたね。できれば死という言葉を避けたいと思っているのかもしれません。

けれども、いまの小学生たちにアンケートを取ると、「人の命は3回までリセットできる」って答える子供たちが7割もいるそうです。まじめに答えて7割いるらしいのです。そういった命の取り扱いというか命の大切さ、「命ってなんだろう」といったところが、もしかしたら分からなくなってきているのかもしれません。そういったところで、その子の母親、父親、もしくは周りの方々がその矯正を上手にできないのだとしたならば、私たちが地域でのそういったことの発信源になる必要があると思うのです。

 

高齢者の方は、皆さん誰もが「死が近づいてきたな」と思うでしょう。もちろん「130歳まで生きたい」っていう方も中にはおられますが、少しづつどっかが悪くなってくると、私も50を超えてどっかが悪くなってくると、「ああ、少しづつガタがきてるな」って。一生懸命徹夜しちゃった次の日とかはすごく眠くて、「何十年か前だったら平気だったのに、だいぶガタがきてるな」って。「これ、60まで仕事できるのかな。いやいや、いけないいけない、75までは働かなきゃ」とか奮い起こそうとしますよね。そのいった中では誰しも「絶対に死なない」とは思わないわけです。不幸にも突然の事故に巻き込まれてしまったり、なにかの被害者になってしまったりする方もおられるでしょう。

 

「どこで命を失うかわからないから死を準備する」のではなくて、「最期を迎えるそのときまでを精一杯まっとうにちゃんとお日さまを向いてがんばれたらいいね」っていうメッセージが最終的に伝わればいいと思っているのです。

死っていう話を前に出すのではなく、この前私のシンポジウムに来てくださった先生、「平穏死のすすめ」という本を書かれた石飛先生ですが、先生は「死を綺麗化する、美化する必要はなく、そこまでの人生が大切だ」っておっしゃってくれているのです。そういうメッセージを出し続けることで、すこしずつ意識が変わっていければいいと思うのです。

看取りケアの評価やフィードバックについて

※写真はイメージです

編集部:

看取りケアについてのフィードバックはどうされていますか?

 

木戸:

看取られたご家族の満足度調査ということで、うちでは看取りケアの感想を看取られた後のご家族にお聞きしています。亡くなられた方のご家族に郵便でとか、あとはお伺いして。

 

また、帝京平成大学の先生ともコラボレーションをしています。ですので、大学の先生がたがご家族を集めてお話を聞く際にも、感想をお聞きしています。今年はこの形で何回かしています。大学院の学生さんたちがこのヒアリングをやってくださっています。実際に私がその場にいたら、ご家族は気を使われてちょっといいことを言ってくださるかもしれませんが、ちゃんと私のいない席で聞き取り調査をしてくださっています。

ですから、「在宅の看取りでこうだったか」とか、「あのときの緊急時にもっと早くきてくれればよかったのに」とかいうお話で反省することもありますし、「いやいや、在宅でこんな眠るように逝けるなんて想像もしていなかったよ」っておっしゃられる方もおられて、だいたい皆さん「満足だ」っていう声のほうが多いのですけれども、私たちがこれからの課題として考えなきゃいけない内容もきちんと聞けます。

 

私たちの方では亡くなった方々のご家族に必ず届くよう、半年に1回ヒアリングシートをお送りしています。それを今年は大学の先生たちが三・四回に分けて行ってくださっています。去年1年間にお看取りをされたご家族へのヒアリングです。

看取りの質が、「看取りハウス」といわれているホームホスピスでお亡くなりになった場合と、在宅で亡くなっている場合とで差があっては困るのです。そこで「差があるのかないのか」っていうことを調べてくださっているのですけれども、ほぼ差はありません。

 

編集部:

「差があっては困る」とおっしゃいますと?

 

木戸:

それまで在宅で支えてこられて、最期にホームホスピスにお泊りされることを選ぶご家族がいらっしゃいます。、それまで在宅で支えてこられたのはご家族の力だと思っています。

ただ、やはりなにか課題を抱えていたから、在宅で看取れるかなと思ったご家族が、最終的にお泊りを選ぶことになったわけです。だから、そこには課題があります。「痛みのコントールが効かなかった」とか、「介護者が疲れてしまってこれ以上看られなかった」とか…、そういった課題はあるのです。

そこはもう重々に分かっていての調査ですけれども、ホームホスピスに入られてご本人もご家族も楽になってからは、通常の在宅の場合と同じようにご家族が精神的な面でご本人を支え「ご本人が大切にされていると感じながら、人間として最期まで尊厳を保ったなかで天に登れたのか」っていうアンケートになっています。

 

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更新日:2016年04月07日


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