医療・介護から看取りを支える人たちのインタビュー ”ひと”

インタビュー“ひと”
看取りを支える人たち - Human Inteview -

人を看取るという仕事。僕はこの仕事に誇りを持っています【2】

Profile

株式会社サンハート
戸倉 英人施設長

介護付有料老人ホーム「SILVER SUPPORT 星にねがいを」施設長

救急車で運ばれたその後は?

編集部:

よく耳にするのは、「終身まで」「看取りまで」という施設に入っているけれども、実際は最期のぎりぎりの段階で症状悪化して入院しそのまま半分ぐらいは病院で亡くなってしまうという話を聞くのですが、その辺りの割合ってどんな感じになっているのでしょうか?

 

◆戸倉

この二~三年は施設で亡くなる方がほとんどになっています。

まあ急変されて病院運んで、そのまま退院できず病院で亡くなってしまうという方もいるのですけど、最終段階が分かった時点で今も言ったように退院していただいて「もうあとはやることないからうちで最期を迎えてください」ということをお願いして、戻ってきてもらうようなかたちを取ってるので、もうここ数年は本当に施設で亡くなるという方が多いですね。

 

編集部:

そうすると、典型的なパターンとしては、こんな感じでしょうか?

こちらでずっと暮らされていて、何度か急変があると入院して戻ってくるというのが何回かあって、最後の入院されたときには「もう余命何々ですね」といった話になって、そしたら戻ってきてそこから先は病院には行かずにここで最期までいくと。

 

◆戸倉

そのときにはもちろんすごく話し合いをします。ご家族とも、うちのほうの提携の主治医とも「最期はこういうふうに迎えさせてあげたい」っていうことを、話し合いますね。先生とご家族と、うちのスタッフとで行うカンファレンスです。そういう場合は、本人はあまり意思表示もできない状態ですのでこの三者になることが多いです。

この段階になると本人はどうしても参加できないことが多い。でもそうなる前に、ご本人がどういうご意向だったのかっていうのは知っておく必要ありますね。

 

編集部:

病院に入院されてそこで余命宣告があって戻ってこられる。その戻られるタイミングでこのようなカンファレンスをされるということですが、ご家族によって望む形は異なってくるのでしょうか?

 

◆戸倉

ご家族ももう覚悟されていると思いますし、急にそういう状況に突然なったわけではないので、理解していただいていますね。「いつもここにいたから、最後はここが住まいだったから」って、「やはりここで最期を」って皆さんおっしゃってくださって。

 

編集部:

そうすると、「このかたちに逝く、お看取りをするのだ」っていうことを、関係者皆さんで共有するといった意味合いが強いのでしょうか?

 

◆戸倉

そうですね。やっぱりご家族とこれからどういうプロセスをたどって最期を迎えるのかっていうところは、きちんとご説明をします。

例えば、これはお看取りというかもう少し前からなのですけど、認知症、アルツハイマーの方であれば「発症から亡くなるまではこういう経過をたどっていきますよ」って。「食事を認識できなくなって食事が取れなくなったときは、イコール死ですよ」っていうことを、あらかじめご家族に伝えておくんですね。

 

それをしておくとご家族は覚悟ができているので、「ご飯が食べられなくなった。じゃあ胃ろうにしよう」っていう考えではなくなるわけです。「じゃあもうそろそろなのかな。じゃああとは本当に苦しくなく、自然に任せて…」というふうになっていくので。

もう本当に最初の初期の段階から、「今後この方はこうなっていきますよ」っていうことを伝えてあげておくっていうのも、私たちの大切な役割かなというふうに思っているのです。

突然「嚥下障害です、食べられません。どうしますか?胃ろうしますか?でないと誤嚥性肺炎で亡くなるかもしれませんよ?」っていうのは、ご家族には過酷な選択を迫っていると思うのです。

 

できるだけそういうことがないように、もうちょっと食事量が少し減ってきたなという時点で「そろそろもう食べられなくなってきていますよ、どうしますか」っていうようなかたちで予測させておくっていうのが、それも私は家族支援だと思っているのです。家族にそういうことをきちっと伝えておくのも家族支援だと思っていまして、それはすごく注意してやっていますね。

長期間かけてじわじわとやりとり

編集部:

そうするとコミュニケーションとしては、余命宣告のあとのタイミングっていうのは、ある意味一気にいろいろなことをやり取りしていくタイミングだと思うのですが、それがありつつも、もっとずっと前のある程度元気な段階では長期間かけてじわじわとやりとりしていくって感じでしょうか?

 

◆戸倉

そうですね。それはじわじわとやっていきます。

本当にささいなことでも全部連絡をしています。

「今日こんなことありました。」「最近こんな様子ですよ」とか。「ちょっと夕方になると疲れますね、最近」とか。「呼吸がちょっと苦しそうですね」とか、ささいなことでも全部連絡を入れます。なので、家族にとって、ご本人の状態が「あれ?突然変わったね」という感覚にはならないようにしています。

常にコミュニケーションを取って連絡を入れているので、いきなり最期を迎えるということはないのです。ですので、ご家族ももうご理解を十分いただいてるし、逆にご家族から「ここで最期を迎えさせてください」っておっしゃっていただく場合の方が最近は増えているのです。

 

編集部:

ご本人も、まだコミュニケーション能力かなり高い段階で、その辺りの「最期どう迎えたいか」っていうところの把握というかヒアリングっていうのは、これはどうされるのですか?結構センシティブな問題でもあるじゃないですか。

 

◆戸倉

そうですね。でも、ずばっと聞きます。僕は。本当、たぶんこれ一般的にはタブーだと思うのです。あんまり他の施設ではやらないとは思うんですけど、僕は結構ずばっと聞きます。

「聞きづらい話しづらい話題ですけど、でも絶対おとずれることなので、きちんと話をしておきたいんです」って言って、「最期どうしますか」っていうことを結構契約の段階とかで僕は聞いちゃいます。あとは契約後の入居する前のアセスメントとかの時点で、「この施設に入所するとたぶんこういう生活になってきますよ」っていうことを「それでも施設にいらっしゃいますか?」っていうような感じで、入居前から結構しますね。

 

編集部:

なるほどですね。それは皆さん、その役割をされるスタッフさんは、皆さんそういうコミュニケーションをされるのですか。

 

◆戸倉

いや、たぶん私だけじゃないですか。でもほとんど私とスズキで入居相談をしているもので。困難というか状態の重い方とかはできるだけ私が携わるようにしていて。コスモスの方もそうなんですけど、私が携わっているので。

入居のタイミングだけでなく、退院前の病院でのカンファレンスの時点でも「施設としてはこうだけどご家族はどう思ってますか?」というようなこととかも、その時点から話をします。「施設入ったからといって、元気になりませんよ」って。「むしろ、来て1カ月持たないで亡くなってしまう可能性もありますよ、でもよろしいんですか」って。「そのために何か最期にしたいことはありますか」ていうような。そんなずばずばは言いません。ずけずけは言わないのですけど、ちょっとオブラートに包みながらも、でも結構ずばっと聞きますね。でも、それ「すごい大事じゃないかな」と思っているんです。僕は。

身内だからこそ自分達だけではそういった領域を話し合えないということもあって、ご家族のためでもあると思っていますし。

「こんな最期の迎え方をしたい・させたい」ということについてのバリエーションとは?

編集部:

「最期をどう迎えたいのか」っていうところで、ある程度元気なうちでヒアリングをされていると結構バリエーションがあるのだと。人によって望む姿は結構違うっていうお話。どういうバリエーションがあるものなのでしょうか。

 

◆戸倉

やっぱりご本人のことをよく知っているご家族もいれば、全然知らないご家族もいるんですよ。「娘なのだけれど、一緒に住んでないから分かりません」という方もいらっしゃいます。

こういう場合は「どこまで延命を…って言われても分からないです」っていう方が多く、「じゃあ、ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」ってお聞きすると、「むせるだろうけど、肺炎のリスクはすごくあるだろうけど、でも食べるのが好きだったから絶対口から食べさせてあげてください」とおっしゃるご家族もいれば、「肺炎になるならもうやめてください」ってご家族もいらっしゃいます。

それはさまざまですけど、でも施設としてはご本人の思いとご家族の思いに沿ってお手伝いをしたいのです。有料老人ホームで多いのは「そんなリスクのある方は受けません」ってことでお断りしてしまうケースとかあると思うのですけれども、うちはもう「どんな方でもその思いに寄り添っていきたい」という思いがあるので、かなりリスクを負ってでも「食べたい」「食べさせたい」と言っている人の場合には、「食べさせてあげたい」ってこっちも思っています。

でも、その代わり施設としてのリスクもかなりあるのでもう全部伝えます。「詰まって亡くなるかもしれませんよ。そのときにスタッフはどれだけショックを受けるか、そこら辺まできちっと理解して預けてくださいね」っていうのは言うのですね。でも「そこまでご理解いただけているのなら、うちは喜んでお引き受けします」って言ってお引き受けするので。

 

編集部:

なるほど。これはご家族、ご本人の意思をきちんと反映していくというのが一方であると思うのですけれども、一方で支えるスタッフさんのスキルというか、心構えというか、もしくはそれを整えるための教育体制であったりとか、働く仕組みだったりとか、かなり高度なものを求められるっていう気がするのですが、そのあたりはどのような工夫をされてらっしゃいますか。

 

◆戸倉

やはり、経験あるスタッフがたくさんいるので、そういったところは大丈夫だと思っていますけど、やっぱりスタッフが抱える不安とかストレスっていうのは、ものすごく大きいものだと思っています。けど、「うちは何があっても大丈夫だよ」ってスタッフには伝えます。ていうのは、僕たちがきちっとご家族とコミュニケーション取れていて、「なにがあっても大丈夫」というのをご家族と話し合っているので、たとえそこでスタッフがもし喉に詰まらせてしまっても、それはスタッフの責任ではなくて、それはそういうリスクがあるのを分かってご家族は入れているので。

そこは一切文句を言われたこともないですし、今まで訴訟っていうのも1件もありません。もちろん、詰まるようなケアはしていないけれど、でも万一詰まってしまったら「ごめんなさい。もうごめんなさい。言ってましたよね」って伝えるつもりです。

でも、たとえそういう結果になったとしても、そこまでして、その方が最期まで「そうやって食べたい」と言っていた意志を貫き通してあげられたこの施設、そのスタッフたちが、僕はすごい自慢だし誇りに思いますね。よくやってくれたねって。

 

編集部:

「最期の生活のスタイル」というところで、「自分の口で食べる」っていうこだわり以外に、なにかかよくある「こういうこだわりってよくあるよね」っていったことはなにかありますでしょうか?もしくは「最期に何したいですか」っていうところで、「これだけはやって、死ぬ前にこれだけはやっておきたい」みたいなことでもいいのですけれども…。

 

◆戸倉

「食べたい」が一番なのですけど。

あと「お風呂」という方もいます。でも、「今お風呂入れたら、お風呂の中で亡くなっちゃうんじゃないの?」というぎりぎりな方もいらっしゃいます。でも「お風呂入りたい」って、「最期にお風呂入りたい」っていう方であれば、僕は入れてあげたいなって思っています。

結果として、お風呂の中でもし亡くなってしまったとしても、その最期の望みをかなえた、最期の思い出が「お風呂にはいれた」「気持ち良かった」になって、たぶんそういうお顔をして亡くなるのだと思うのです。それはそれで僕は「すごくいいことかな」って思っています。

 

(続く)

 

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更新日:2016年04月15日


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