医療・介護から看取りを支える人たちのインタビュー ”ひと”

インタビュー“ひと”
お身内を看取った方たちの体験 - Human Inteview -

自然に行き着く先としての在宅看取り

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竹内 弘道業界人

1944年生まれ。2011年8月に97歳の母を自宅で看取る。母の介護の途中から、現在に至るまで認知症当事者や家族とが交流を深める活動を続ける。

僕は母を病院で死なせたくなかった。だからどういう体制がベターかを考えた。

――最初、看取りという単語を意識するきっかけになった出来事を教えていただけますか。

 

 とり立ててきっかけがあったわけではなく、人には当然そういう局面に入ると思っていました。僕の場合は母と2人暮らしで、他に身寄りがない家族ですから、誰を頼るでもない、誰から頼られるわけでもないからごく自然に……ですね。母はアルツハイマーでしたから、気がついてから二十数年、アルツハイマーと付き合いました。うち24時間介護になったのは10年くらい。

そうすると当然、この人をどういうふうに穏やかに送ってあげようか、と考えるようになります。

 

アルツハイマーでよく一般的に言われるのは「意思が確認しにくいのではないか」という問題ですよね。リビング・ウィルを確認しようにもできないのが認知症であって、がんとは違うと。でも親子ですから、そんなことはないんですね。言葉にはならなくても伝わることがある。なるべく彼女が嫌な思いをせず、逝くということを最初から考えました。

 

――最初というのは、アルツハイマーの診断が下されたときでしょうか?

 

 もっと前です。親子で、順番を考えれば親が先に逝くわけですよね。いずれ看取りという局面に親子だから遭遇する。心の中ではそれなりに考えますよね。僕の場合は父が戦死していますから、母は1人でした。

そういう時代背景もあるから、死ぬとか生きるといったことをアルツハイマーと全然関係なく、人生として考えます。

 

僕は母を病院で死なせたくない、と思ったんですね。そのときにどういう体制をとっておくのがベターなのか、ということを考えるわけです。自分から問題意識を持って情報を集めました。

そこで、うちで見送りたいと言っても医者が来られない時間帯に死なれると、変死扱いになるということを知りました。ただのんきに自宅で看取りたいなと思っても、そうはいかない事情がある。死後24時間を過ぎても死亡診断書を書いてくれるのは、在宅医療支援診療所という看板を掲げた医者なんですね。僕の母が亡くなっているのは2011年でしたからまだそういう名前はなくて、しかし同じ免許を取っているところがあると。そういうことを知っていくわけです。

 

もうひとつ、うかつに救急車を呼ばないほうがいいということを知りました。

在宅ですと、うっかり救急車を呼んでしまう人がいる。救急で病院へ行って、病院へいく途中で死んじゃった、ということがある。もしくは家で息をしていない、ということもある。そうすると変死になるから、監察医扱いになって解剖までいっちゃう可能性がある。

そういうことを知らないで、のんきに救急車を呼んじゃうと、たとえリビング・ウィルでいろんなことを言っていたとしても、そんなもの……と言っちゃ失礼だけど、法的な力をもてないという現実がありますよね。

 

僕は結果でいうと在宅医療支援診療所の医師と契約をしたんですが、発行するその10日前に母は亡くなりましたから使えなかった。それで従来のかかりつけ医へお願いしました。日ごろからかかりつけ医で、前から死亡診断書を書いてほしいんだということを軽く言っていたんですよ。そんな紋切り型にはいえないので、冗談半分でね。

 

――在宅でのお看取りは、いつから検討されていたんですか?

 

 いつからというか、それが自然だと思ってたんですよ。病院の死ってのは何回か見てますよ。仲間ががんで亡くなったりとか。そういったときに、自分ならこういうところで死にたくないなと。当時はそういう知識はなかったけれども、母はうちで見送るんだと。目標というと大げさだけれども、うちで看取るとはどういうことかっていうのは、それから調べだしました。

 

病院の人たちは、一般市民とは違う論理の中でするべきことをすべてやります。管もつけるし、いろんなことをして。黙って死ぬのを見ていることはできないわけです。介護をする側と、専門職、あるいは法律との間の見えない差がいっぱいあるわけでしょう。

幸いなことに僕はそれを知っていたから、実際に「あれ、母が息をしていないぞ」とわかったときにも、そういうことはしないでいました。

 

でも、いざお見送りの段になると案外わからないものなんですよね。息を本当にしていないのか。見た目はもうピンクの顔で、体も温かい。息をしていないかわからないと知り合いの 看護師に相談したら、明け方の6時に来てくれた。そういう人脈も母を見送ることができた背景にありました。

準備をしていたからできたことです。最期も実に穏やかで、火が消えるようにスーっと逝きまして、アルツハイマーの方がそうなるとは知っていたんですけれど、その通りだなと。母の眠りを邪魔しないようにお見送りできたなと思います。

 

――在宅でのお看取りのため、準備できることは何がありますか?

 

 人間が死ぬのはどういうことであろうか、とか生きるとはどういうことであろうか、倫理・哲学的なことを、家族あるいは友人・仲間の間で話すことが出来ればあわてることもないんだけど。

今、病気になったら病院で面倒を見てもらうと思っているだけだから、考えてないわけでしょう。人が死ぬっていう知識・経験がな いまま何世代もきちゃった、だから生やさしいことじゃないと思うんですよ。

 

――お看取りへの道のりであった介護を通じて、感じられたことはございますか?

 

 母がアルツハイマーになってからですね、僕としてはずいぶん深い付き合いができるようになった。

逆接的に言えばアルツハイマーのおかげ。母の口が利けて、ポンポンいえたら深い付き合いができなかったなと思うんだけれども、なまじ言葉の疎通が難しくなってくると、いい関係になっていく。母の死へ向かって いく十何年を見ていたわけだから、誠にいい経験だったと思っています。

 

たとえば誰だって、自分のオムツを息子に替えてほしいとは思わない わけでしょう。そういうことを介護は通り抜けていく。やっているうちに、オムツを替えているほうは、嫌だとか臭いと思わなくなる。いいも悪いも全てを受け 入れていくし、母もさらけださないと生きていけない。それが当たり前の生活になった。それが言葉では説明してくれないけれど、ちょっとした表情でわかる。

そういう裸の人間同士の見えないところのふれあいって言うんだろうか。そういうのを「あっ」っていうときに感じるようになるのが介護の醍醐味。そういう生活の先に死ぬっていうことがあるわけだから、そこへ自然にゆけばいいと思います。

更新日:2016年07月15日


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