医療・介護から看取りを支える人たちのインタビュー ”ひと”

インタビュー“ひと”
看取りに取り組むフロントランナーたち - Human Inteview -

介護保険の枠にしばられないオーダーメイドの終末期サービス【1】

Profile

株式会社ホスピタリティワン
高丸 慶業界人

株式会社ホスピタリティ・ワン(東京都港区)代表取締役 おくりびとアカデミー校長 訪問看護支援協会代表理事 高野山大学客員准教授

「家族にとって後悔のひとつでも少ない看取り」から逆算

高丸氏は、訪問看護ステーション「株式会社ホスピタリティ・ワン」の代表取締役のほか、おくりびと(納棺師・湯灌師)を目指す人材を育成する「おくりびとアカデミー」(東京都中央区)の校長、そして訪問看護を支援する「一般社団法人 訪問看護支援協会」(東京都港区)の代表理事を務める。

これら3つのグループは、「家族が後悔のひとつでも少ない看取りができるように」という目標でつながっている。

 

弱冠33歳。「看取り、特に在宅看取りについては、地域の葬儀社や寺院などとも手を組んでいくことは必要不可欠。多職種連携のハブとしての訪問看護師の価値を高めたい」という高丸氏に話をきいた。

遺族ケアの必要性を感じた母の後ろ姿

この画像はイメージです。本文とは関係ありません

――高丸さんは看護師でもいらっしゃる?

 

元々僕が看護師になった理由というのは、母が遺族ケアを必要とする状態になったことです。小学校5、6年のころ母方の祖父母が相次いで亡くなりました。祖父が生前、「祈れば治る」という新興宗教にいくつか入っていまして。「結局祈っても治らなかったからやめるだろう」と思っていたが、母は逆にのめりこんでいった。祖母の荷物も全く捨てられない、祖父の宗教も続けている、というよく分からないなという状況が続いていました。

 

そして高校3年生の時に『死への準備教育』という授業を化学の先生がしてくださって、「人が亡くなったあとには、残された家族が傷を負うのだ」ということを初めて言葉というか概念として知った、同時に「そういったことをサポートするものがある」というのを知った、というのが最初のきっかけです。

 

「母親がこういう状況なのだ」とわかったときに2つ感じたことがありました。

「自分が母親のケアができるよう技術を学びたい」ということと、「『両親をきちんと看取れなかった』という感覚は、残された家族にとってきついものだ」ということ。

 

なので、「じゃあ自分はどう親を看取りたいのだろう」とか「どういう状況のとき、どういう対応ができたらいいだろう」と考えていたときに、たまたま看護学部ができたので、「看護を学ぶことで、そういったことへの手掛かりや解決が見えてくるのでは」と考えたのです。

 

つまり、看護師になるよりも看護の勉強がしたかったのです。「病院で白衣の天使になろう」という発想は全くなかったですね。

「看護師免許をとって、とる過程の中で遺族ケアを勉強して、卒業後は、普通に商社マンとか金融マンとかになろう」と考えていました。

 

 

 

――そんな『金融マンや商社マン志望』からの進路変更のきっかけは?

 

2001年に大学に入りまして、ちょうどその前年の2000年に、介護保険ができたばかりでした。

遺族ケアがしたくて看護の勉強をしていたわけですが、介護保険法や医療保険法を読み解くと、遺族ケアについては全く点数がついていない、つまり、制度としては認められていないことが分かったのです。

 

結論から言うと、大学4年間ずっと看護や介護保険の勉強をして看護師になったわけですけれど、「将来自分の親を預けたいと思う施設が見つかったか」というと見つからなかったし、「こうすれば親を後悔せずに看取ることができる」という確信は持てませんでした。

 

でも、介護保険の創設にかかわった先生が大学にいらっしゃった。この先生から「介護保険制度は当初から『保険と保険外の両方をやってよい』という制度だった。なぜなら介護は顧客のニーズが無限という前提でつくられている制度なので、すべてを保険で賄うということは不可能だから」というお話をきいて、これだと感じたのです。

 

「じゃあ、とことん顧客のわがままに応えるサービス、オーダーメイドのサービスを突き詰めて行っていこう」「そうすれば、まずそこでいろいろな知見が取れるから、それらを学会発表していくことで、制度と制度外の境目をどこでどういうふうにやっていくのが適切なのかという塩梅が見えてくるのではないか」と考えました。

それで、26歳の時に「ホスピタリティ・ワン」という、保険内と保険外の両面でサポートする訪問看護ステーションを立ち上げたのです。

――設立当時は終末期に特に焦点をあてていたわけではないのですね?

 

はい、完全にオーダーメイドでサービスを提供する形でした。終末期にしぼらずに、保険外のニーズ、つまり「看護師を自由に使えるとなったときに、どんなニーズがあるのだろうか」を調べていきました。

実際にサービスに落とし込みそれを提供することで、サービスをする側の満足感、受ける側の満足感、費用感を片っぱしから調べていきました。

 

――保険内と保険外を合わせて…というところは変わらないが、今は終末期にしぼっていらっしゃる?

 

はい。自分たちが熱量をもって強みも生かせるのが終末期だろうと。

 

たとえば僕の父方の祖母が95歳で、父が70歳です。父は今まで病院でしか親や義父母を看取っていません。初めて「祖母を家で看取ろう」という局面になって、不安の中で右往左往している。

 

家族としては、親であるその相手のたった一回の看取りを含む終末期療養を「後悔することなくやりきりたい…」と感じている。

一つひとつの選択肢を一つも間違えずにやりきらなくてはならない、チームビルディングを間違えても駄目、「どこで看取るか」を間違えても駄目、どこの施設を選ぶかも入れてみると「ここは違うな」ということもあるし…。

「何一つミスをしてはいけない。だけど情報が足りない。だけど決めないといけない。」という焦りと葛藤の中にいるのです。

 

一方、終活が流行っていますが、「どういう終末期を過ごしたいですか? どんな最期を迎えたいですか?」と聞けば、「ぴんぴんころり」と答える方が多い。

でも、実際には、最終的には、そういった最期となる方はほとんどいらっしゃらない。現実が見えているわけではないのですね。

 

――実際には、病気にならないと始まらない?

 

そうです。ご本人がそうとうに重篤な状態になってから、ご家族が「どうしよう、どうしよう…」となってしまう。ご家族の目線で見ると、「ときの流れのままに、薄皮一枚でつながっているところをなんとかたどり歩いている」という感覚なのです。

そこに多くの業者さんが、よかれと思って自分たちのサービスを売り込むのですが、本人たちからするとそういった各サービス単体の、つまり枝葉の話ではどうにも判断しようがない。幹となる部分、つまり最終的な看取りも含む、本人や他の家族の心のケアも含む、終末期療養全体としての見通しや心づもりができていないから。

 

100%納得の看取りというのはない。必ず「ああしてあげればよかった」というのはでてきます。

でも、「あれはしてあげれたよね」というものを一つでも二つでも増やすことができれば。そんな家族にとっての後悔のない看取りから逆算して、保険内・保険外のサービスをトータルで活用する「幹の部分」をつくっています。

 

(続く)

 

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更新日:2016年03月14日


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